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タイフェス2
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    さて、「風の前奏曲」ってビデオのおかげで認識が変わった
    って書いた。

     タイって言う国に対してもそうだけど、民族音楽、民族
    舞踊というものに対して、そしてそれらを伝統として
    持ち続けているアジアに対してである。また、その文化や
    生活様式に惹かれ、アジアを旅する人たちの気持ちも
    少しわかったような気がした。

      若いころに、谷九にある「加奈泥庵」という店に
    音楽仲間とともに入り浸っていた。そこで、関西
    アンダーグラウンドミュージシャン(ボアダムズ、
    タマスアンドポチス、モダンチョキチョキズなどなど)
    やいろんな芸術家、写真家などと知り合って、僕自身の
    音楽活動が始まったわけなんだが、その店では
    インド音楽、バリ、ジャワのガムラン、そして
    おそらくタイの民族音楽も流れていた。

     その影響から、東西の思想家や神秘思想などに
    触れていくとともに、小泉文夫氏の民族音楽の
    研究書を読んでみたりインド音楽やガムランも
    少しかじった。

     しかし、当時基本ジャズ(を含む西洋音楽)
    一辺倒だった僕は民族音楽に対して、あくまで
    音楽理論的興味しかなく、その宗教音楽的背景や
    精神性に気づくことなく深く知ろうとはしなかった。

     しかし、今タイの民族音楽に触れたおかげで、
    (実際に映像で見れたことが大きいが)その音の
    豊かさ、リズムの複雑さ、そしてどの民族音楽にも
    共通する神との対話と生活との密着というものに
    改めて気づかされた。

     民族音楽民族舞踊ともに、もとより観光用の
    見せ物ではない。日々の生活での感謝を表し、
    あるいは日々の精神的垢を落とし、自らを
    浄化していくことだ。

     踊りは太古より、喜怒哀楽といった感情、
    感謝、畏怖といったものを表現する衝動
    だけども、自然(神)と一体になる手段だ。
    そして、自然(神)と一体になることによって
    浄化されたことを感謝し、また日々の生活を
    過ごしていく。

     そこでは勿論、音楽が重要な役割を果たす。
    踊り手は音楽により体を動かされ、
    そこには自分は無く、感謝の気持ちのみで
    踊って行く。

     民族音楽舞踊では無いけれど、日頃踊っている
    我々も、クラブダンスとは言え、自己顕示欲の
    固まりにならぬよう、いろんなことへの感謝を
    忘れること無く、踊りと向き合って行きたいものだ。

     しばらく前から、アジアの時代と言われているが、
    経済だけでなく、精神性も是非一緒に広まって行って
    欲しいと願ってやまない。
    | mambomachine | - | comments(4) | trackbacks(0) | - |
    Comment
    2008/09/12 7:32 PM posted by: ichigo
    自己顕示欲の・・・おっしゃるとおり。ごめんさい。自己顕示欲のかたまりで・・。このブログに出逢えたことに感謝します。そういう気持ち、忘れてました。
    2008/09/12 11:01 PM posted by: mambomachine
    うあ〜、やっとコメントもらったよう。ichigoさん、コメントありがとうございます。
     いやいや、僕も自己顕示欲やってしまいます。日々感謝感謝。
    2008/09/16 11:46 AM posted by: fajar
    アマノイワト・・・もねぇ、ただのストリップダンスなんで、
    いい話なんかどうか分かりませんけど(笑)

    そういうところで、踊りと精と生、性は切っても切れない関係なんです。
    他にもある。正、清、制、政、聖、誓、星、誠・・・
    ・・・この辺にしときましょか(笑)
    2008/09/16 1:59 PM posted by: mambomachine
    いやいや、アマノイワトは日本の踊りの起源、そこに
    すべてがある(なあんてね)
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